40代からはじめる認知症対策〜『ぼけない!』

実は認知症を引き起こす疾患は全部で60〜70もあるらしいが、患者の90%近くは先の3つのいずれかに当てはまる。これらを防ぐことができれば、認知症になる確率はぐっと減るわけだ。

現在、日本で唯一の認知症治療薬として活用されているのはアリセプト(塩酸ドネペジル)。だが、この薬は脳の認知機能の低下が少ないアルツハイマー病の初期〜中期なら進行を遅らせる効果はあるものの、効いているのは半年〜2年と一時的で、やがて病気の進行に追いつかれてしまう。

 当然、根本的な治療薬や治療法の開発、実用化が求められているわけだが、本書の特徴は、その最新レポートが一般向けに詳しくまとめられている点だろう。

 アルツハイマー病の人の脳を調べると、老人斑や神経原線維性変化という、脳の神経細胞の変性が起きている。前者は神経細胞外にアミロイドβタンパクが、後者は神経細胞内にタウタンパクが、それぞれ蓄積していることが原因だと考えられ、それを防ぐワクチンの開発に期待が集まっている。著者の予見によれば、10年後にはアルツハイマー病の予防ワクチン、あるいは何らかの治療法が確立しているはずだ。

 かつては不治とされていたガンが早期発見、早期治療で回復可能な場合もある病になったように、認知症もまた、やがて予防のできる病気に変わるかも知れない。

 また、本書には米国ノートルダム教育修道女会に属する修道女を対象にした「ナン・スタディ(修道女研究)」の研究成果の一部が報告されている。これは加齢とアルツハイマー病、それらが認知症の発症や変化とどう関わっているかの研究である。彼女たちが修道女としての誓願をした時点(多くは22歳前後の若い時期)から研究が開始され、それ以前と以後の生活史のかなりの部分が記録される。さらに彼女たちは医療の面でも定期的に診断を受け、死後は病理学者によって自身の脳を解剖されることに同意している。

 それらの記録を見る限り、脳の病変の程度と、認知症の症状の重さが比例していないケースが少なくなかった。つまり、「アルツハイマー病などで脳が萎縮しても、認知症にならずに済む人がいる」ことになる。

 修道女たちはおとなしく祈りを捧げているわけではなく、むしろ学問を続けたり教鞭を執ったり、活動的だ。中には南アフリカに赴任して植林事業を立ち上げたような人もいたという。言ってみれば、知的活動、社会と交わる余暇活動を続けていたことで修道女たちの認知的予備力は強化された。それによって脳の代償機能が働いて脳の萎縮をカバーすることができたのではないかという考え方なのだ。

 予防ワクチンの話、そして、脳の萎縮が起こっても死ぬまでかくしゃくとして暮らすことは不可能ではないという話。本書にはそんな2つの希望が示される。

 このように、本書には認知症の基礎知識、発症までのメカニズム、治療研究の最前線、家族が認知症になったときの告知のこと等々、認知症のA to Zが噛み砕いて説明されている。繰り返しが多いことも、わかりやすさという点で見れば、決して邪魔ではない。

 著者は取材を続けるうち、「認知症が早期発見、早期治療ができる時代になるまで、できるだけ発症を遅らせることの重要性」を確信したと述べている。

 認知症は65歳を過ぎるころから増え始め、65歳では1%に満たないのに、85歳では27%、つまりその世代の3割くらいが認知症になっているというデータがある。

〈脳の病変は20年掛かって軽度の症状をもたらし、さらに10年かかって進行していくのです〉

 かりに80歳でアルツハイマー病で入院したとすると、その人の脳に老人斑ができはじめたのは50歳ごろから、実際にもの忘れの症状が出始めたのは70歳ごろからのはずだ。

〈もし、アルツハイマー病の予防を目指すならば、40代、50代から行うことが望ましいといえるでしょう。それが80歳での発症を遅らせる、または防ぐことにつながるのです〉

 言わずもがなではあるが、そのことに気づいていない人がまだ多いに違いない。

 本書の後半には、書名通り、生活習慣や食生活のヒント、発症リスクを抑える保護因子のこと、発症リスクを高める危険因子のことなど、いまからすぐ始められるアルツハイマー病予防のための戦略が具体的にまとめられている。

 「知らなかった」で損をするのも、先送りにして後で泣きを見るのも自分。私もできることは実行して、10年以内のワクチン実用化を待ちたいと思う。

(40代からはじめる認知症対策〜『ぼけない!』
2008年8月17日 日経ビジネス オンライン
(皆川正夫著・文/三浦天紗子、企画・編集/須藤輝&連結社)