[WSJ] 脳によるコンピュータ操作、まだ道のりは遠く

頭皮に微小なセンサーを埋め込んだり、ヘッドセットで脳波を測定したりと、思考でコンピュータを動かすための取り組みはいろいろ進められているが、実用にはまだ遠い。

目を閉じて意識を集中して、そして「手を動かしてコンピュータのマウスをクリックする」動作がどんな感じか考えてほしい。

 では次は、実際にマウスをクリックしてみてほしい。

 皆さんはそうは思っていなかっただろうが、今やってみて分かったように、たいていの場合、実際に何かをやる方が、そのことを考えるよりも簡単だ。これは脳の多くの謎の1つであり、人間が思考のみでコンピュータを操作できるようにしようとしている研究者にとって課題の1つだ。

 この「脳-コンピュータインタフェース」研究の目標は、完全に意識はあるが、病気や脊髄損傷により体がまひしている人に、何らかの形でコミュニケーションをもたらすことだ。

 専門知識のない人は、マウスをクリックするには、脳が「マウスをクリックする」信号のようなものを送り出し、その信号は、増えつつある医療用の脳イメージング機器で容易に検出できると考えているかもしれない。そんなに運良くはいかない。手の動きに関係する脳の特定の部分に取り付けたセンサーで電気信号を拾うことはできるが、科学者はまだそうした信号のうちどれが「ノイズ」なのかが分からない。しかも、次にマウスをクリックすると、別の神経群から異なる信号が出るかもしれない。

 このため、脳によるコンピュータ操作は現時点ではひどく遅い。患者が画面の端から端までカーソルを動かすのに数秒かかるかもしれない。ただし、練習すればうまくなる傾向はある。もちろんまひ患者にとって、どんなスピードでもコミュニケーションはうれしいものだ。

 ブラウン大学のジョン・P・ドノヒュー教授は、最初の世代の普及型脳-コンピュータ操作システムに関して、パーキンソン病で使われている操作システムよりも少し性能がいいくらいだろうと予測している。同氏の取り組みは、頭皮の下に手術で埋め込む微小なセンサーを利用する。このセンサーは、おなじみのEEG(脳波検査)ヘッドセットよりも正確に脳の電気的活動を読み取るとされている。EEGヘッドセットは帽子のように頭にかぶり、脳の電気的活動を測る。

 だが、EEG研究の第一人者Wadsworth Centerのジョナサン・R・ウォルポウ教授は、体外デバイスは向上しており、埋め込み型の機器が主張しているのと同じくらい正確になりつつある上に、手術は要らないとしている。たとえEEGがおよそ1世紀前から存在している慣れ親しんだ技術でも、最近生まれた埋め込み型機器のような未来的な魅力がなくても、それは本当だと同氏は主張する。

 ドノヒュー氏とウォルポウ氏のコンピュータ操作システムではいずれも、ユーザーが作業に集中する必要がある。別のアプローチでは、無意識に起きる脳の「反射」行動を利用する。

 例えば、視覚野のニューロンは瞬きをするのと同じペースで自動的に「発火」する。そこでジョージア工科大のメロディ・ムーア・ジャクソン氏は、画面上にキーボードを表示して患者に見せている。それぞれのキーには色がついており、異なる頻度で明滅する。

 同氏は、患者が最初の四角形(のキー)に、次に別のキーに集中するときの脳の活動を観察している。その結果、患者は1分間に最高8文字のペースで「タイプ」することが可能という。

 こうしたシステムはいずれも、数人の患者でしかテストされていない。広範に利用できるようになるのは何年も先だ。

 こうした脳による操作システムは低速なため、健常者が使うキーボードとマウスに取って代わるものではないと考えられている。だが研究者はほかの可能性を模索しており、例えば、脳全体の状態――注目、興奮、怒りなど――の判断の精度を高めつつある。これはいつか、職場で役に立つかもしれない。

 Microsoftの研究者デズニー・タン氏は、いすのヘッドレストに組み込まれた脳酸素スキャナを使って、人が作業に集中しているかどうかを調べるソフトについて説明している。このソフトは、新しいメールが届いても、少なくとも作業者がほかのことに対応する精神的余裕ができたことが検知されるまで、着信を通知しないかもしれない。

 脳によるコンピュータ操作を今すぐ受け入れられるかもしれない人たちがいる。コンピュータゲーマーだ。彼らは豊富な可処分所得をガジェットへの愛につぎ込む傾向がある。NeuroSkyやEmotivなどの企業は、来年脳でゲームを操作する技術を投入する予定だ。このシステムは、連射型シューティングゲームをプレイするには遅すぎるだろうが、目録のチェックなど、ややゆっくりした動きには使えると両社は言う。

 研究者は、脳でコンピュータを操作する技術がゲームでも使えるレベルに進化したという見方には懐疑的だが、商業的な展開には関心を持って注目していると語る。

 ドノヒュー氏は、究極的な目標は、まひした体を再び動かせるようにすることだと指摘する。「マウスを動かす」脳の信号を信頼できるレベルで検出できれば、手に信号を送って動かすこと――マウスを動かすときに脳が意図していること――ができない理由はないと同氏は言う。

 同氏は、障害を持った人の脳の信号をスキャナーで読み取り、体に埋め込まれた光ケーブルでその信号を送り、脳を手や足とリンクさせるシステムを思い描いている。この信号を利用して、意図した筋肉の動きを引き起こす。

 「心を読む」というとジョージ・オーウェル作品に登場する暗黒世界につきものだが、実際の技術はまだ非常に原始的だ。体の不自由な患者には悪い知らせだが、自分の考えが皆に知られてしまうのではと心配している人にとっては慰めになるはずだ。

ニューヨーク(ウォール・ストリート・ジャーナル)2007年10月01日