たばこの害

糖尿病・胃がんも
周囲にも健康被害 禁煙今からでも
煙、食道から
リスク、男性1.4倍、女性3倍

今月から全国で、たばこ自販機用の成人識別カード「タスポ」が導入された。たばこ増税の議論も始まり喫煙者にとって、ますます肩身が狭い世の中になった。気分転換にたばこを手放せない人は少なくないだろうが、喫煙は肺がんや心臓病にとどまらず、糖尿病など幅広い健康被害を引き起こす。「知られざる害」に目を向けてみると―。

たばこを吸うと喉頭(こうとう)など煙にさらされる呼吸器のがんリスクが高まることは、よく知られている。煙には「タール」など四千種類もの化学物質が含まれ、少なくとも六十種類以上に発がん作用があるとされる。
 国立がんセンターの津金昌一郎・予防研究部長を主任とする厚生労働省研究班は、日本人を数万人規模で追跡調査している。それによると、たばこを吸わない人と比べた喫煙者の肺がんリスクは男性で4.5倍、女性でも4.2倍に跳ね上がる。
 注目すべきなのは、リスクが呼吸器だけにとどまらない点だ。有害物質は血液や尿などを通じて全身に運ばれる。煙は食道を通じて胃にも運ばれることがあるため、確実に胃がんのリスクが高まる。「ほかにも肝臓・腎臓・ぼうこう・子宮など、さまざまながんとの関連が裏付けられている」と津金部長は注意を促す。
 体に悪さをするのは発がん性物質だけではない。たばこのパッケージには「タール」「ニコチン」の二種類の有害物質の表示があるが、たばこをやめられない原因はニコチンだ。中枢神経に作用し、リラックスできるのもこの物質のおかげ。しかし心臓などの血管を収縮させる急性作用を併せ持つ。喫煙者は吸わない人と比べて心筋梗塞(こうそく)など虚血性心疾患のリスクが3〜4倍。脳卒中リスクも1.3〜2倍に高まる。
 「糖尿病との関連も見過ごせない」と指摘するのは国立がんセンター研究所の望月友美子たばこ政策研究プロジェクトリーダー。近年の国際的な疫学調査では、喫煙者は糖尿病にかかりやすくなることが確実だといわれる。日本の調査でも、リスクが男性で1.4倍、女性で3倍に高まるとの結果が出ている。糖尿病は心臓病や脳卒中に加えて、失明や腎臓病などを引き起こす原因ともなる。
 ほかにも不妊症や自殺など、喫煙との関連が取りざたされている健康被害は枚挙にいとまがない。喫煙する妊婦では低体重児が生まれやすくなり、たばこを吸わない妊婦と比べて平均体重が200〜250g軽いという。喫煙者の自殺率は吸わない人の1.3倍に高まるとの疫学調査結果もある。国内の患者数が500万人にのぼり、ひどい息切れやせきが続く慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)では患者の九割に喫煙歴があり、残る1割も受動喫煙との関連が強いとされる。
 家族や同僚に病気をもたらす受動喫煙の被害も無視できない。フィルターを通して喫煙者自身が吸い込む「主流煙」と比べ、周囲にまき散らされる「副流煙」のほうが有害物質の含まれる量は数倍多い。それを吸い込んで周囲の人が受ける被害も、がんなどにとどまらない。
 国立成育医療センターの原田正平・成育医療政策科学研究室長は「親が喫煙すると子供が中耳炎やぜんそく・虫歯などにかかりやすくなることが、国際的な調査で明らかになっている」と警鐘を鳴らす。乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクも確実に高まると考えられている。
 健康に気を配り、タールやニコチンの表示が低いたばこを吸っている人も多いだろう。しかし麻布大学の遠藤治・准教授は「低タールたばこの危険性が低いことを示すデータはない」と指摘する。低タールだと、満足を得るために深く煙を吸い込むため、逆に被害が大きくなってしまう可能性もあるという。
 たばこの本数を減らせば、その分だけ被害のリスクを下げられる。しかし、最も効果的なのは禁煙だ。がんセンターの津金部長は「禁煙して1.2年もたてば、心臓病や脳卒中のリスクはストンと下がる」と説明する。
 これに対し、長期にわたり害が積み重なるがんの場合、禁煙しても効果が出るまでに時間がかかる。それでも例えば肺がんなら、喫煙する男性ではリスクが4.5倍に高まるものの、たばこをやめて9年以内では約3倍、10〜19年の人で1.8倍と徐々に低くなっていく。20年以上たてば、たばこを吸わない人と変わらなくなるという。やめるのは、いまからでも遅くはない。
2008.7.27日本経済新聞(本田幸久)