パーキンソン病
2010.7.23 体験日誌より

2010.7.2 メールより
2010.04.23 メールより
2010.3.11 体験日誌より
今日は、脊髄小脳変性症で40歳前後の女性の報告を紹介します。
2010.1.28 メールより

2009.11.20 メールより

健康教室参加者からの投稿(オリーブ橋小脳萎縮症)
岐阜県の田中さん(仮名)から健康教室の感想が寄せられました。健康教室の様子がご理解いただけるかと思い、ご本人の了解を得て載せさせていただきました。
2009.12.25
妻と内臓トレーニングとの出会い
平成10年ごろと記憶している。歩行に支障というと大げさであるが異常を感じるようになった。接骨医や外科医をはじめ、マッサージを中心に6ヶ月間東奔西走した。最後に整形外科で病名を聞いてびっくりした。その紹介で神経内科に行き、処方箋により定期的な投薬をし、病の進行を抑えている。
しかし、薬が効いているときは嘘のようであるが、薬が切れると歩行できないばかりか、立っていることもできなくなる。いつか、トイレを借りようとレストランに立ち寄ったとき、立てず、歩けずにいる私ら二人を、客や、コック・従業員が注視するので穴があったら入りたい気持ちだった。それからはどこへ行くにも「薬は忘れないように」、「薬を飲むことを忘れないように」というのが口癖になった。早く良い薬ができないか、どこかに良い医者はいないかと一時も思わない日はなかった。
Kさんの悲劇(進行性核上性麻痺)
Kさんは7ヶ月ほど内臓トレーニングを実践した。
最初来たときは、車から降りるのに介助が必要で、歩行は、杖を突き、膝が曲がらず両足を突っ張らせた歩行だった。当然階段は上がれず人の背中にすがって歩いた。言葉は「そ〜〜〜〜そうです。」、「は〜〜〜〜〜〜はい。」と言う調子だった。
静岡には奇跡がある。(綿条体黒質変性症)
三重県から健康教室に参加したTさんについて
9月26、27日の一泊二日で奥さんと二人で参加した。2回目の参加である。
第1回目は9月3,4日に参加し、以来、約一ヶ月、内臓トレーニングに取り組んでいる。
穏やかな春 いい年の予感・・・絶望からの生還(綿条体黒質変性症)
Tさんから年賀状が届いた。Tさんは、医師から余命2年の宣告を受け、人生に絶望していたとき内臓トレーニングを始めた。
「畑仕事ができるようになり、うれしい」(パーキンソン病)
(パーキンソン病 静岡県 70代 女性 Tさん)
パーキンソン病を発症し、震えはないが、歩く際一歩が出ずつまずいたり転んだりする。
表情もなく、会話もおぼつかない。「うん」「はい」というのが精一杯の様子。
手足の先は紫色にちかく、とても冷えている。腰も曲がり、仰向けに寝ることもできない。
平成15年4月「内臓トレーニング」をはじめる。
施設に入らずにすみました。(パーキンソン病)
(パーキンソン病 静岡県 70代 女性 Iさん)
平成9.8年に自転車で転倒し、足・腰を打撲。その後歩行困難となる。
平成10年よりパーキンソン病を発症、その半年後に軽い脳梗塞になった。
ひざは曲がらず、絨毯にもつまずき、すぐ転ぶ。歩幅は3cmほどしかない。
両手はブルブル震え食事もままならない。座っていても横に傾き転んでしまう。
顔・手のむくみ、認知症の症状もではじめ、言動もおかしかった。
血圧は200―80〜100
ゴルフの練習に通っています。(パーキンソン病)
(パーキンソン病 韓国 60代 Kさん)
両足はブルブル震え、歩行がだんだん不自由になる。
なかなか眠れず、寝てもすぐ起きる。(睡眠不足になる。)言葉が不自由になる。
血圧は180―90〜110。
1998年頃から病院に通い始める。毎日薬は飲んでいたが症状は好転しない。




