2010.4 Oさん(60代・女性)岩手県在住 多系統萎縮症
ご主人と一緒においでになった。1年前に不意に階段で転んだ頃から体調がおかしくなり急激に動けなくなったという。
歩行時に軽度のふらつきがみられ、握力が落ち、動悸、発汗、急な内臓の痛みが出てくることがあるという。自律神経に異常があると医師に言われているそうだ。日に日に出来ないことが増えていくような気がして不安で仕方がないという。
医師から、病名を聞き、2~10年の寿命だといわれたときは大変ショックだったという。何とか進行が止まれば良いと思い、わらをも掴む思いでここに来たと話してくれた。
4時間のトレーニングにより体が軽くなり、動きも滑らかになってきて「ダンスもできそうな気がする。」と、喜んでいた。ご主人も明るい光が見えた、これからの方向性が決まりそうだと再度の来静を約束してお帰りになった。
私の接する医師の多くは、患者さんに治すことのできない病名を告げるときは大変こころ苦しいという。中には、病名を告げるだけで、どんな病気かは「ネットで、自分でお調べ下さい。」という医師、「ごめんなさい、僕にはこの病気は治せないけれど、たくさんの症例を見ているから病状の進行に合わせてできる限りのことをしますよ。」と、約束する心優しい医師もいる。しかし、往々にしてOさんの医師のように、病名と同時に寿命をあと何年と限って宣告する医師もいる。難病にかかっても、何年で寿命が尽きるかは神のみぞ知るところであり、例え、医師といえども、年単位で人の命を限るのは不遜ではないだろうか。寿命2~10年と宣告した医師に、「身辺整理を考えた。」というOさんの気持が理解できるだろうか。インフォームドコンセントは大切だが、事実をすべて告げればよいというものではないだろう。誰もが寿命の尽きるその日まで元気で明るく生きたいと思っている。難病だからこそ、患者さんの生きる力を育むような、適切な情報を適切な時期に伝える配慮が欲しい。ちょっときつい言い方になったが皆さんはどう思いますか。




