2010.2.4 妻と二人三脚で難病と闘い

昨年1月、脊髄小脳変性症の診断を受けた。厚生労働省の特定疾患である難病を抱えながら10月まで勤務を続けた。退職後には、精神保健ボランティア養成公衆を受講し、ボランティアグループ「こすもす」で心の病を抱えた人たちとの交流を図る。病に負けず「自分にできることを」と積極的に社会と触れ合っている。富士宮市淀師在住。57歳。
脊髄小脳変性症は、小脳や脳幹、脊髄にかけて神経細胞が破壊され、次第に体を動かせなくなる神経難病。数年前にドラマや映画となった木藤亜也さんの「1リットルの涙」で注目を浴びた。10万人に5~10人が罹患しているといわれる。
診断を受ける数ヶ月前から、階段を踏み外すなどの自覚症状はあったが、「疲れのせいだと思っていた」という。学生時代から陸上を続け、健康には自信があった。しかし、変調のひどさに産業医からの紹介を受けて、富士地域の2病院を受診し、同様の診断を受けた。
退職は、親の介護が目的。これまでは妻の順子さんが介護の主役だったが、順子さん自身もお産の際の影響で脳下垂体の異常があり長らく体調不良に悩んでおり、早期退職して介護をしながら夫婦の時間を大切にしようと思っていた矢先の診断だった。
退職までの数ヶ月間、歩行困難や呂律が回らなくなる構音障害に悩まされながらも勤務を続けたが、当初は「なぜ自分が病気に」という重いが強く、泣いてばかりだった。引きこもりのような状態になったことも。リハビリのための散歩は欠かさなかったが、蛇行することもあり、「川辺などには怖くて近寄れなかった」という。
西洋医学による投薬のほか、東洋医学の治療にも通い、内部トレーニング(内部となっているが内蔵トレーニングが正しい)、中国はりなどで歩行を改善してきた。今までは、かなりの速足。体重移動の方法を身に付けたことが大きい。散歩の際には、順子さんが後ろから見守りアドバイスする。「他人には言えない、言いにくいことも心を鬼にして助言してくれるのが妻。感謝しています」
精神保健ボランティアとしての活動も、以前から、こすもすのサロン活動に参加していた順子さんの勧め。養成講習のグループ討議では「臆病な自分に気づかされ、積極的に話すことの重要性に思い至った」という。以後、グループの定例会や月2回のサロン活動に積極的に参加している。「夫婦で共通の話題も増え、リハビリの一環としても生活の中で重要なものになっています」と病に立ち向かう。
サロンではマージャンや将棋などで当事者と交流する。心の病を患った人たちは、心優しい人が多い。自らも病を得ているため、同じように病を持つ人への気遣いが的確でうれしい。温かい思いやりに包まれるサロンでのひとときは心休まるものだという。
現在は、外出もでき体が動く状態だが、進行性のためいずれ車椅子の生活になる。「それまでに旅行などにも出かけ、たくさんの思い出をつくりたい。目標を決め、それに向かってリハビリを頑張りましょうと励ましています。」と順子さんが希望の光を当てる。夫婦二人三脚で難病と闘っている。
文・写真 田口若菜
2010.2.4 岳南朝日
スタッフより
稲葉さんは、2009年12月10日に奥さんと一緒に健康教室においでになった。
その日の健康教室が終わったとき、肩と首が大きく動くようになり、歩行訓練により周囲を見渡して歩くことができるようになった。
内臓トレーニングの効果を実感され、その日から奥さんと一緒に内臓トレーニングに取り組むことになった。そこで、スタッフから、稲葉さんが自宅で実践するためのトレーニングメニューを提示した。稲葉さんは大変熱心に取り組み、最初の一ヶ月間のトレーニング時間が一日平均約4.2時間であった。
稲場さんの元気は、様々な治療の相乗効果ではあろうが、内臓トレーニングも役に立っているのはうれしい。奥さんと二人三脚で、益々元気になって社会活動を続けていけることをを願っている。




